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M&Aインタビュー

狩俣 裕之(株式会社TeraDox Founder Japase Pte.Ltd CEO)

売却を決めたと言ったら
取引先から「経営が厳しかったの?」と聞かれた
これがまだ日本の実状

そもそも狩俣さんが売却を選んだ理由は何だったのですか?

実は会社を創ったときから売却前提で、そのことはスタッフにも公言していました。
会社の終わりって3つしかなくて、一つ目が倒産、二つ目がIPOで公器なものになること、そして三つ目がバイアウトして他人の手に渡ることです。私は、会社がある程度の規模になったときにより成長が見込める会社が現れれば譲渡する可能性があることを始めから宣言していました。それは結果的に良かったと思います。(事業売却を)初期メンバーに話したときも、「この時が来たか」とすんなり受け入れてくれました。
もちろん会社全体ではショックを受けるメンバーもいましたが、最終的には比較的スムーズに理解してくれたように思います 。

買う側の立場からすると、会社に残るメンバーがM&Aを事前に知っていたかどうかは大きなポイントですよね。

デューデリが始まった段階では全員が知っていました。
私から見るのと社員から見るのは当然違いますが、私から見る限りでは予想以上にうまくワークしていたように思います。
これは、売却する3年前に私がマレーシアに完全移住し、月に一度日本に戻るスタイルで経営していたことも良かったと思います。その3年がなく突然の売却だったら厳しかったかもしれないですね。私が物理的にマレーシアに行ってしまったことによって、自分たちでどうにかしなければならないという意識の変化は既にありましたから。

IPOに対してはどう思いますか?

すごくチャレンジングで、地合が良ければ良い選択肢だと思います。
ただしIPOには向く事業体と向かない事業体があって、我々の事業の場合は、業界に特化したものであり業界を反映させ利益をあげていくというものでしたから、IPOには向かないのかなと思っていました。

僕は、(IPOに向くかどうかは)事業体×社長のキャラクターだと思うのですが、社長の性格や得意分野とIPOの関係をどう考えますか?

例えばGEに代表されるアメリカの会社のように、プロ経営者がプロの経営をするのと、0→1で事業の形を作るのは別の仕事だと思います。
両方のスキルに長けている人であればIPOもいいと思いますが、一般的には、管理することと0→1で事業を生み出すことでは得意不得意が分かれます。
僕は0から考えて1にするのが得意で好きな人間。10年やっていく中で管理も楽しかったし面白い部分もありましたが、どちらが向いているかといったら、僕はやはり0→1の人間です。

もし今、狩俣さんに上場企業社長のオファーがきたらどうしますか?

(上場企業の社長には)0を1にするクリエイティブな能力は必要ないですよね。新規事業の部署を作ればいいので。僕が培ってきたスキルと違うし、僕の一番得意なところがいかされないから(オファーを受けるのは)難しいですね。

株式公開の準備に入ったことは?

ないです、一度も。VCからお話いただいたことは何度かありましたが。

事業を横展開していけばIPOも充分狙えたのでは?

はい。全く違う業界で同じビジネスモデルを横展開していける可能性は充分にあったと思います。
でも僕はそれよりも、一度リセットしてまた0から新しいものを作るほうが面白いかなと自分で判断しました。

2008年頃まではIPOというゴールしかなかったように思います。時代背景的にもIPOが一番良いと考える人が多い中で、狩俣さんが最初からM&Aを狙っていけたのはなぜでしょうか?

タイミング的に、(M&Aは)10年前より一般的になったと思います。とはいえ、売却を決めたと言ったら取引先からは「経営が厳しかったの?」と聞かれることも多くて(笑)。それが日本の実状だと感じました。 現在ディールに成功するのはほとんど黒字の会社です。黒字が基本状態。そんな中でもM&Aはまだまだ(日本市場に)浸透していないのだと思いました。
僕の場合、(IPOを狙わなかったのは)結婚が早かったのも大きかったかもしれません。自分がやりたいビジネスというよりは、ニッチなものを見つけてくるのが得意だったので、誰もやっていないけどニーズがあるものを事業にしてやり続けていたら規模が大きくなった。じゃあそれが本当にやりたいビジネスだったのか?と問われると違う。だからこそ、この先10年20年同じ事業を自分がやり続けるモチベーションよりも、もっと大きなモチベーションでやってくれる会社がほかにあるんじゃないか?という前提で事業をやってきました。

僕はすごく遠回りしましたから
主力事業に集中できるのは羨ましい

2006~2007年は資金調達環境が非常に良かったと思いますが、狩俣さんはVCからお金を得ていないですよね?

はい。350万の自己資金と銀行借り入れだけでした。世の中はドットコムブームで浮かれている感じはありましたが、それには乗らなくて良かったかなと思います。
ただ、ポータルサイト運営は最初の2年間ひたすら赤字でしかなかった。だから受託開発をやったりSEOや広告代理店事業をやったりして、その利益をポータルサイトに突っ込むということをしていました。
それは非常に良い経験でしたが、今考えると時間がもったいなかったと思います。
今のSaaS型やポータル型事業のスタートアップベンチャーは、資金調達をして最初から主力事業にフルフォーカスしているパターンが多く、それは非常に良いことだと思います。僕はすごく遠回りしましたから、主力事業に集中できるのは羨ましいですね。

M&Aを目指す組織を考えたとき、社内に残すものとアウトソースするものを分けて考えていく必要がありますが、M&Aに合った組織づくりという観点で、例えば管理部門の存在はどういう位置づけにしていましたか?

僕は経理総務については最初からオンライン化していました。外部の税理士事務所にお願いしていた部分も大きかったので、ディールの際も社内よりも税理士事務所とのやり取りのほうが長かったくらいです。
M&Aを考えると、やはり(社員は)本業に集中してもらうのが一番いいと思います。もちろん管理部門も経営には重要ですが、サービスのクオリティに対するダイレクトなインパクトはないので、できるだけそこにはフォーカスせずに本来の事業に集中できる環境を作るのが理想的だと思いますね。

3年後は何をやっていますか?

また社長やってるんじゃないですかね。

次に創業するとしたら、これまでの売却で得た経験をいかしてどういったことをやりますか?

僕はずっとニッチビジネスをやってきました。それはユーザーのためになり感謝もされ楽しかったのですが、市場規模が小さいと、例えば広告の使い方など、どうしてもやることが小さくならざるを得ない。
次に何かやるとしたら市場規模の大きいものにチャレンジしてみたい、そのことだけは決めています。

10年後は?

また社長やってるんじゃないですかね。

20年後は?

また社長やってるんじゃないですかね。(笑)
僕は起業で世の中に貢献できる人間だと信じていたいから、多分ずっと社長をやっていると思います。70歳になったらシニアマーケットで何かおもいつくんじゃないかな。その年齢になった自分が培ったものでしか見えてこないアイデアってきっとあると思うんです。

2020年以降の日本はどうなっていると思いますか?

5Gのおかげでデータ環境やVRは向上すると思います。ただ残念ながらプラットフォームの基盤に関して日本が最上位にいることはないと思います。
それでもコンテンツやサービスで一番を取ってくるビジネスモデルは日本から出てくるのではないでしょうか。

会社組織の在り方、人の働き方についてはどうなっていると思いますか?

ダブルワークは更に当たり前になってくると思います。この2、3年でだいぶ変わった感じがありますね。
マレーシアでは日本よりもっとダブルワークが当たり前です。会社で働いて、会社から帰宅するときにGrabのドライバーとして働くとか。土日だけフードトラックの屋台をやるとか。 それは受け入れる会社の器量というより、そもそも会社側が特に問題とも感じていないんです。 日本も今後、会社や経営者が魅力的じゃないとダブルワークの一つにすら選ばれない、ということはあるかもしれませんね。

狩俣 裕之 プロフィール

高校在学中より地域Webポータルサイトの運営を行い卒業後に株式会社シスエムアルテへ入社。国土交通省システム室へ3年間出向。
その後、テクトラジャパン株式会社に入社しERPコンサルタントに従事。2008年に自身で創業した株式会社TeraDoxを写真、映像、通信関連用品販売の最大手ハクバ写真産業株式会社へ2018年にバイアウト。
現在は、マレーシアを拠点にJapase Pte.Ltdの経営とスタートアップ企業へのエンジェル投資を行っている。