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M&Aインタビュー

今矢 賢一(ブルータグ株式会社 代表取締役社長)

営業の責任者、
事業を売る側・買う側、株式上場など
本当にいろんな経験をさせてもらった

まず、最初の起業からバリューコマースへバイアウトするまでの経緯を教えてください。

大阪で生まれて14歳の時に家族でオーストラリアに移住して、向こうで高校、大学を卒業して、大学でスポーツマーケティングを学んだり、サッカーが好きだったので自分自身もスポーツをしていました。それが後々になって今の会社にも繋がっていますね。

スポーツと並行して19、20歳くらいの時にはいずれ起業したいと思っていました。
その時はとりあえず営業力、コミュニケーション能力も含めて自分自身を売れる力をつけたいなと思い、当時オーストラリアでは2件目以上の不動産投資をすると色々と税制的な優遇がありニーズが多かったので、投資物件を営業する仕事をフルコミッションでやっていました。
その後イギリスに本社があるビジネスコンファレンス、企業の役員や経営者クラスに対してセミナーを行う会社で、そこでも、ほぼフルコミッションで働いていたんですが、僕がいたシドニーのオフィスがアジアパシフィックのヘッドクォーターで東京にも支社があったんです。それで日本語が出来るのもあって、「東京行くか?」という感じで1999年、22歳の時に日本に戻ってきました。

そのあとは日本の役員や社長さんとか、トップクラスの方たちに対して電話とFAXだけで営業しているような時代でしたね。ただ営業するにあたって日本の経済や会社のことなんかを調べる中で、日本でもビットバレーが立ち上がってきたり、インターネットというものが後々産業革命として言われる日が来るんだろうなというのを感じていました。そして、その世界でチャレンジしてみたいと思ったのが、一番はじめに起業するきっかけになりました。

日本に戻ってきて半年間だけ働いて、すぐ夏には起業しようと思って準備したんですが、実はいきなりそこで大失敗しているんですよ・・・。退職届を出してコンビニに行って起業雑誌を買ったんですが、そこで資本金を1000万円用意しないと会社は作れないってことを知ったんです。おっと資本金そんなないぞ、みたいな(笑)
オーストラリアでは今の日本のように15~20万円程度で会社を作れたので、同じような感覚だったんですよね。
それで資金調達をするわけですが、一番最初にお世話になったのはおじいちゃんとおばあちゃん。
老後の資金を「これで頑張り」って言って用意してくれて、他にも応援していただける方を探して出資していただいて、何とか1000万円の目処をつけて起業したのが2000年3月くらいです。

やはりインターネット業界でビジネスをしていきたいなと思っていたので、技術を持っていた会社と合併をしたり、その後にソフトバンクのグループ会社さんから出資を受けたり。
当時、インターネット広告が盛んに売買されていましたが効果測定ができるツールというのが無かったんですよね。コンビニだったらPOSレジがあって、来店したお客さんの導線を追うことで次の商品企画とかマーケティングをしていますけど、今でこそすごい精度の解析ができるけど当時は無かったのでその辺りをやりはじめました。
最終的には、ほとんどの広告代理店とも契約もさせていただけたんですが、その時点では会社も赤字だったんです。でも市況が悪くてなかなか次の資金調達ができる状況ではなかったんです。

そんな時に、たまたま当時バリューコマースの代表をしていたブライアンさんと知人を介して出会って、数ヵ月に一回食事をするような間柄になりました。本当に珍しいと思うんですが、彼らは市況が悪くなる前に未上場で40億くらいの資金調達に成功されて上場を目指して頑張られていたんですよね。そこで、ここまでサービスができていて導入実績もある程度あって、代理店契約も結んでるんだけれども次の調達がなかなか厳しい。バリューコマースと提携して一緒に何かできることはないかなって相談をしました。そしたら彼らから会社ごと来いっていうオファーをしていただいて、2002年春先に株式交換で僕の創業した会社をバリューコマースにバイアウトしました。

バイアウト後は?

初めの四半期は、自分の創業した会社で子会社の代表としてバリューコマースの経営会議にも出させていただいていました。バリューコマースってすごいビジネスモデルで、良いサービスを提供していたんだけれど、日本のインターネットマーケティングの業界ではアウトサイダー的な感じがあったんですよね。営業面の課題が大きくて、これだけいいサービスなんだからもう少しできることがあるんじゃないかなって思ってて。

僕も当時24、5歳でまだ若かったので言いたいことをはっきり言ってたら、初めの四半期が終わった後、営業の責任者をやらせてもらい、その後中核事業であるアフィリエイトマーケティングの事業もやらせていただきました。当時はまだバリューコマース自体も調達こそ成功しているけれども、事業としてはまだ全然赤字だったので売上で黒字化するために一部はリストラをしないといけなかったり、中核事業でない事業を売却しないといけなかったり。
より大きな資本であるヤフーさんと資本業務提携をさせていただいたのも事業部長として関わらせてもらって、在籍中に本当にいろんな経験をさせてもらいました。

経営陣と意見を言い合うような場面もあったり、実際に退職届を出したこともありましたけど(笑)。
あの期間に自分が買われる側も売る側も経験したり、バリューコマースを上場させるという経験もさせてもらえたのは本当に貴重でしたね。代表をやっていた人も、雇用されていた人も含めてさまざまな立場にいる人たちを見ることができたのは、自分にとっても大きな財産になってるなと思います。

今やってるブルータグの立ち上げ経緯は?

ブルータグの立ち上げはバリューコマースの中で最初はやらせてもらっていました。
もともと2005年にヤフーさんとの資本業務提携が終わったあたりから新規事業開発などを自由にさせてもらえる状況で仕事をしていました。そんな中、ちょうどアテネオリンピックで日本を代表するオリンピアンやパラリンピアンでさえ、自腹で遠征しているという状況を目の当たりにして、僕自身スポーツが好きだったのもあって色々と調べるようになったんです。
スポーツ大国のオーストラリアに住んでいて、日本のスポーツマーケティングってすごい遅れてると感じていたし、これだけの経済大国に成長したのに国を代表する数百名の選手の支援もできないってかっこ悪いな、これを変えたいなというのがブルータグ誕生のきっかけです。

アフィリエイトマーケティングの事業をしていたので、特にインターネットの世界は小さくてもたくさん集まれば力になるってことをこの業界で学ばせてもらっていました。だからスポーツの世界もメジャーなコンテンツにはメジャーなスポンサーが付くけれど、今はまだメジャーじゃない部分にもインターネットの力で何とかできるんじゃないかと思ったんです。
それでバリューコマースの中で株式上場後、公の企業として自分たちの事業を通じた社会貢献活動としてのスポーツ支援みたいなことをできたらいいなと思って社内で立ち上げさせてもらいました。
ただ上場会社になって新しい事業をやるってなると窮屈なこともいっぱいあってこれは外に出したほうがいいんじゃないかと思い、ブルータグは外で挑戦させてもらってもいいですかと相談をして、僕のストックオプションが行使できるタイミングまで席を置かしてもらいました。

前の会社をバイアウトした時は、株式を1/4しか持てていなかったんですけど、ブルータグは自分自身が創業株主として自己資本で会社を作ることができたので、それはよかったと思っています。

法的な知識がありどれだけ戦っても最後は交渉事
相手がサインしてくれなかったら不成立
業界、事業経験は間違いなく活きてくる

近年、日本でも創業者の借り入れの個人保証を外す流れが見えてきていますが、その部分では日本はまだまだアメリカに比べて遅れていますよね。エクイティでも10年以内にIPOを達成できなかった場合最初に提示した金額で買い戻すというような契約もまだまだありますが、ブルータグではいかがでしたか?

ブルータグ立ち上げたときもそうですが、今でもまだその条項が存在している契約を見ることがありますよね。スポーツ業界のスタートアップにマイノリティで出資をさせていただいてインキュベーションのサポートとかをしている中で、資本政策とか資金調達の時の投資家との交渉を一緒に見たりしているんですけど、僕自身の経験としても単純にフェアじゃないなと思ってるんですよね。

投資をします、その会社のバリュエーションはこの金額で評価をします、そしてファンドの期限が7年だったり10年だったりで、その期間で上場できるような事業計画を立てますよね。当然お互い話し合った上で、僕らもこの会社から投資を受けたいかという判断をするし、向こうもこの会社にこのバリュエーションで投資をしても見込めるかって判断をするわけじゃないですか。それってデッドファイナンスのように融資という形で返済義務があるというより、あくまでも投資をして勝つか負けるかっていう世界でやるわけですよね。それなのに期限が来たら出資額で買い戻しができるっていうのは、これは投資家にとって都合がいい話というか、全然フェアじゃないし、投資なのでそこのリスクは取ろうよ、という話だと思うんです。なので出資額での買い戻しについて、ただそれだけが条文として記載されているものに関しては外してもらうようにはしました。

ただ最近だと投資家にとっても起業家にとってもお互いフェアになるような条件に変わってきてはいるかなと思います。例えばバリュエーションの評価がどこまでできるかって正直わからない部分もいっぱいあるじゃないですか。なのでそこは優先株だったり種類株だったり、イグジットの条件に応じて株主に対するリターンの比率や金額を変える方法は、選択肢が増えてきていると思いますね。

ただやっぱり未だにその投資契約結ぶか?みたいな契約も存在するのも事実なので、契約ごとの細かい条文の意味を本人がしっかり理解した上でコミットする分にはいいと思うけど、理解しないまま資金調達できるから契約しちゃう、というのは危険だしお互い不幸だなと思いますね。

1年前だったら何とかしてあげられたけど今となってはどうしようもないというケースってたくさんありますが、事例的になかなか世に出ていませんよね。

スポーツビジネスって一言でいうと権利ビジネスだったりするので、契約事が多いんです。もちろん信頼関係とかコミュニケーションっていうのは基本的にはすごく大切なことであるものの、一方で一つ一つの投資って結局のところ契約が全てですよね。僕自身もブルータグで契約の上、投資をしていただいた事もあるけれど、結局契約期間で結果を出せなかったので実際に一部買い戻ししています。

僕自身が当初の計画通り結果を出せなかったことへの責任だと思うし、それはそれで自分の中で納得していれば良いのですが、いざ上手くいかなくなった時に、こんなはずじゃなかったとその時点で気付いてももうどうしようもない。そういう意味では入口の時点で本当に自分が納得できる内容で合意をしているかというのは大切なんだろうなと思います。

税理士でも弁護士でもなく、そういう相談をできる人ってなかなかいないですよね。

そうですね。桐谷さんもそうですが、結局そこの場数がないとアドバイスできないっていうのはあるんじゃないかなと思います。法的な知識があったとして、それをもとにどれだけ戦っても最後は交渉事なので、相手がサインしてくれなかったらそれって不成立じゃないですか。どこかで妥協しないといけない部分がお互いにあると思うんですよね。

僕自身、海外ではメジャーマラソンで車いすマラソンの選手に帯同したりしているんですが、その時の選手の条件とかも各国の選手側の意見をある程度まとめて主催者側にこういう改善をしてほしいって提示したりしてるんですね。全部が全部飲んでくれるわけじゃないかもしれないけど、一つ一つ具体的な根拠とか数字を見せた上で、こうしないとフェアじゃないよということを言えれば、あとはコンセンサスというか、同じベクトルに向かっていく中で細かいところを詰めていくだけの話だと思うので、ただ契約だけを見ているだけでは難しいんだろうなと思います。業界経験、事業経験っていうのは間違いなく活きてくるんだと思いますね。

IPOしたい経営者、バイアウトしたい経営者など起業家にもさまざまなタイプがあると思いますが、今矢さんはどう感じてますか?

一番はじめに起業した会社はIPOを目指す、というかIPOくらいしか選択肢が無かったしバイアウトは想定していなかったですね。ただ今では、インターネット業界自体もそうですし、結果的に生き延びられなくて買収された会社ももちろんあるでしょうけれども、実際M&Aが重なっていくことで強い企業体ができたり、それぞれの会社の良さが引き出されたり、ポジティブな側面もすごく多いと思っています。スポーツ業界はどちらかというと体質的に古い経営者が非常に多い業界なので、まさにそこが全くもって足りていないし、どんどんやっていかないとアジアの中でも世界の中でも置いていかれるという危機感もあるし、課題として感じています。

昔よりもIPO以外の選択肢も増えているし、初めからバイアウトを目指してビジネスをやる人もいますよね。大きい会社がコミットするまでには時間がかかる、でもマーケットは絶対にある、ある程度創り上げたら買ってくれるんじゃないか、とスマートにできる経営者もいますよね。
僕自身は結果としてバイアウトすることに対しては全く抵抗はないし、それはそれですごくいいことだと思うんですけど、自分がやりたいと思っている事をやっていくことにやりがいを感じるので、元々のビジネスのきっかけだったり原点が違う分、バイアウトありきな発想は自分としては違うかなと思っています。

確かに、時代としても選択肢が増えてきたと感じますよね。

本当にめちゃくちゃ感じますね。クラウドファンディングで資金調達もできますし、昔以上にいわゆる個人投資家とかエンジェルと言われる方々の属性も変わってきました。
起業を経験した方々が次の起業家を応援するというような良い循環が生まれてきているし、日本でビジネスをやる起業家が海外で資金調達をすることも当たり前になってきていてすごくいいことだと思うし、チャレンジしない理由はどこにもないんじゃないかと思います。

今後の展望を教えてください。

ブルータグが10周年を迎えるまでは"スポーツを変える青い力"というタグラインでやってきました。日本のスポーツってまだまだ文化として根付いておらず体育の延長線上みたいな状況の中、いろんな意味で変わらないといけないなと思っていましたし、今もまだ変化の途中だと思うんです。
そこで次の10年は、実りある人生をfruitfulというように、スポーツに満ち溢れたライフスタイルを提案していけるような会社でありたいし、そういう事業をたくさん育てていきたいなということで"Sportsful"という新しい造語を作って"make your life sportsful"というタグラインでやっています。

僕らだけが事業をやるのではなくて、今後スポーツ業界でsportsfulな事業をやる人たちを今度は僕らが投資をしたりインキュベーションしたりしてサポートしていきたいなと思って少しずつ移行していってる状況です。僕はそれをスポーツ業界でやろうと思って動いていますが、やっぱり「何のためにやるのか」ということを持っている人は強いし、結果まわりにも応援してくれる人たちが投資家に限らずいると思うので、そもそも何のためにビジネスやるんだっけ、起業するんだっけ、この事業大きくするんだっけ、というところを僕は大切にしたいなと思っています。

自分のことで言えば、まさにsportsfulな社会を作りたいっていうのがそれだし、当然世界に挑戦するアスリートを応援することもそうだし、ヒーロー、ヒロインを作っていくことも、もっとみなさんが身近にスポーツに触れ合える機会を作っていくこともやっていきたい。どこの業界でどういう仕事をするにしても、何のためにやるのかっていうのは大切なことだと思っています。

今矢 賢一 プロフィール

スポーツ先進国であるオーストラリアで14歳より生活し学生時代はユース、セミプロサッカー選手としても活躍。高校、大学を卒業、現地で就職後転勤により1999年に日本に帰国。2000年に起業、バリューコマース株式会社へバイアウトし子会社に。その後、アフィリエイトマーケティング事業の営業、事業開発部門を統括、社長室シニアバイスプレジデントとして、ヤフー株式会社との資本業務提携などに携わる。2006年マザーズ上場後、社長室にて立ち上げたプロジェクトを株式会社化し2007年ブルータグ株式会社代表取締役社長に就任。