1. HOME
  2. M&Aインタビュー
  3. 稲田 雅彦(スタートアップ起業家・個人投資家)
M&Aインタビュー

稲田 雅彦(スタートアップ起業家・個人投資家)

ニューマーケットではなく既存の製造業をデジタル化し「ものづくりの民主化」を

仮想通貨やモバイルWEBサービスなどのニューマーケットではなく既存の製造業をデジタル化し、「ものづくりの民主化」を掲げ起業されていますが、その以前の博報堂に入社後、起業に至るまでの経緯を教えていただけますか?

祖父や親戚含めが大阪の商人も多く、小さな頃からいつかは起業したいという思いがありました。大学院時代では今でこそトレンドのAI(人工知能、機械学習)を専攻していたんですが、当時のAIの学問は、すごく傍流で、将来一体何の役に立つんだ、という懐疑的な評価もありつつ、ものすごくロックな学問だったんです。ただAIは横断的な学問・技術で同じ研究室の中で金融やバイオ、ロボット、アートなど色々な分野に応用されていました。教授もものすごくロックな考え方で、「その領域の専門家としてトップクラスになりたかったら、とりあえず論文100本、本も100冊読めば専門家だ。一週間あったらできるだろ」と。どんどん突っ込めと(笑)

そういう意味ではすごく起業家っぽく、哲学性のある学問でした。そのまま起業も考えましたが当時はまだAIに対して懐疑的で、現実世界で通用するのか?という状況だったので、これを現実的にビジネスや社会のために使うようにするには、マーケティング、そしてビジネスにしていく方法を学ばないといけないと思いました。

当時、GoogleやFacebookなどが出始めて、博報堂もビッグデータやAIなどのテクノロジーを活用していかないといけないという流れがあって、その中でデジタル部門が立ち上がるというのでその一期生として入りました。事業立ち上げも経験できるし、いい勉強もできるしすごく良い機会だなと思ったんです。

博報堂時代に、グループ併せて6000人を超える社内ベンチャー制度の運営に携わっていたんですが、自分でもアイデア出してみようと思ってものづくりをデジタル化する事業を考えたのですが、それを博報堂のグループ会社としてやるべきなのか、独立して外でやるべきなのかかなり悩みました。ただやはりものづくり=製造業なので独立した方がいいんじゃないかということで、外に出たのがそもそものきっかけです。

2013年に創業後、4年後の2017年に東証一部上場の大手メーカーからM&Aを受け、バイアウトされていますよね。

スタートアップとしても、社会的意義を持った「ものづくりの民主化」というビジョンを掲げ、ものづくりのビジネスの弊害である在庫を抱えたり、量産でお金も時間もかかるような状況を取っ払えるようなプラットフォーム、ソリューションの一つが3Dプリンターであり、ものづくりのデジタル化であったので、それらを使ってどんどんものづくりスタートアップが出るような環境にしたいと。我々の調達手法は、いわゆるスタートアップファイナンスモデルで、最初にエンジェル投資をしていただいて、VCさんにも入ってもらうことを何度かのファンドレイズで繰り返しやってきました。

基本的にはM&AとIPOどちらも選択肢として進めるデュアルトラックとしても進めてきたのですが、最終的には独立してやっていくか、大手の事業会社さんと組んでより大きな流れを作っていくか最後まで悩みました。ただ、自分は仮想通貨やモバイルサービスのようなニューマーケットではなく既存の製造業、ものづくりの世界を如何にデジタル化して、さらに大きくしていくか。それを「ものづくりの民主化」として進めていくことが望みだったので事業会社さんと組んだ上でより大きな山を登ることを選びました。ITやモバイル業界のスタートアップの方々とは違うストーリーだと思いますね。

バイアウト前後に苦労したことなどはありますか?

僕の場合、バイアウト直前直後のストーリーの作り方について、エンジェル投資家や起業家の先輩方、FA(ファイナンシャル・アドバイザー)にしっかりヒヤリングして、洋書和書の参考書も読み込み、どういう論点が起こるのかをピックアップして事前対策をかなりしたのもあってほとんど問題が起こらなかったんです。

普通のスタートアップ企業だと、スタートアップのステージじゃなくなると、メンバーが離れてしまうことも多いと思いますが、我々の場合は逆でした。業界的カルチャーもあるのかも知れないですが、製造業ではようやくちゃんとした会社になったなという感覚だったし、人も集めやすくなりました。ITやモバイルサービスのカルチャーと違って歴史のある業界なので専門家とか経歴のある方の中にスタートアップ出身の人ってあまりいないんですよね。なので逆にバイアウト後の方がそういう方々ははるかに入りやすくなってきました。

よくIPOしてから今まで採用できなかったような人たちを採用できるようになった、という流れがありますが、バイアウト後にも同じようなことがあるんだなと。これはIT系のスタートアップとは逆の流れなんじゃないかなと思いますね。

M&Aはデューデリ期間が短いので、後からこうしておけば良かったという話をよく聞くのですが、稲田さんはM&A前に準備をしっかりしてリスクを潰して臨まれたんですね。

そこに関しては教科書通りにかなり詰めて進めて、むしろもっと良い本が書けるんじゃないかというくらいにやってました(笑)様々なケーススタディや先輩方からの論点も参考にしました。あとはFA(ファイナンシャル・アドバイザー)も入ってもらっていたので、フル活用で論点を潰しながら全力ダッシュで動いていましたね。

そうは言っても日本にM&Aの教科書ってほとんど無いので、海外の本も一通り読んで論点を炙り出して、どのフェーズでどういう論点が出るのかを頭に入れました。あとは教科書には書いていないような生の情報については先輩方からヒヤリングをして、どこに力を入れなければならないのかということを肌感で理解できるようにした上で、走りながらキャッチアップして動いていきました。

FAを入れたことは結果としてよかったのでしょうか?

よかったですね。なかなかCFOクラス含めこうしたメンバーを短期間で集めるのは難しいし、ましてや5人、10人のチームなんてすぐに組めないじゃないですか。内部メンバーでそこまでファイナンスに詳しい経験者はそもそもいないですし、特に日本では大手企業にいってしまう人が多くて組みづらいですよね。

エンジェル投資家の先輩からも、細かいところはアドバイスしきれないし、そこは彼らの知見を使った方がいいとアドバイスをもらったので入れました。選ぶ際には、大手系も含めてコンペティションをやって選ばせてほしいとお伝えして、しっかり準備しました。

FAは、M&Aの代理人的な役割なのでしょうか?

実はそれもはっきりと決まってはいないんですよね。初期は弁護士のような感じで間に入るエージェントとしてお願いしていました。基本的に彼らに行ってもらったものについては、彼ら主導で前面に立って交渉等もすべてやってもらっていたのですが、我々が直接話をするのに比べて刺さりにくい時もあり、途中から専門家として裏側からサポートしてもらって、自分たちが対面に出てダイレクトに交渉していくことにしたのですが、結果的に我々はスタートアップであるので、こっちの方が上手くいきました。

ただ、これもやってみないとわからないしケースバイケース。大手企業同士のM&Aなどは細かい交渉もお互い間にFAを入れて、FA同士がやっていく流れだと思いますが、その結果PMIで失敗したりすることもありますよね。

自分たちの場合は、FAに加えてファイナンスに強い弁護士事務所さんにもがっつり入ってもらい、PMI、どういうスキームなのか、そういうのも全部こちら側で提案してこちら主導で進めていきました。ここに関してはアドバイスできるくらいに知見が蓄積されました。

エンジェル投資家に入ってもらうのはすごくありがたいことだが、フリーライドをさせるな、ポートフォリオを組め。

最近イグジット経験者がエンジェル投資家になるケースも増えていますよね。

利害関係が比較的フラットで、起業家、経営者として大変な時も含めて相談していたのはやはり起業家、経営者であるエンジェル投資家の方々なんですよね。「今の時期は大変かもしれないけど面白くなってきたね」みたいな(笑)

それによって救われたこともありますし、色々な課題、ソリューション出しを手伝っていただいたこともあって、そこは恩返しをしないといけないなと。本に載っていないような情報、知をどんどん環流、蓄積していくことがスタートアップエコシステムに繋がると思いますね。

稲田さんご自身はエンジェル投資家としてどういった基準で投資判断をしているのでしょうか?

自分自身がエンジェル投資を受けた先輩から「エンジェル投資は藁にもすがる時に投資してくれるわけで、さらに想いで入れてくれる人もいる。それは君からするとすごくありがたいかもしれない。ただそれでも、フリーライドはさせるな。」「フリーライドをさせると後から入ってくる投資家、VC、事業会社の方々に迷惑がかかる。何をValue addしてくれるかをちゃんと検証した上でポートフォリオを組め。」というアドバイスをもらったんです。なので、自分がエンジェル投資をする時も自分も付加価値を与えられるスタートアップを応援したり、アドバイスをしています。自分のいる意味がないかな、というところはやらないようにしています。

リターンだけがエンジェル投資の目的ではないので、そこはwin-winになるようにするのがエンジェル投資家の役割だと思います。

稲田さんが考える、今の起業家にとって必要なものとは?

スタートアップエコシステムができてきた今、”思い立ったが吉日”じゃないですが 「JUST DO IT.」 で、まずアクションして回してみればいいんじゃないかと思います。
「三方よし」という近江商人の言葉があります。伊藤忠商事や丸紅の創業者は近江商人の出身ですが、彼らの根本的な考え方が「売り手によし、買い手によし、世間によし」の「三方よし」。自分だけが良くても商売は成り立たず相手のことも考えなければならない。でもwin-winだけでは中長期的な事業ができないから世間良しの事業を作らないといけない。それがぐるぐる回ってwin-win-winになることで、社会的意義のある大きな事業ができると。今で言うCSRやスタートアップの起業家精神に通ずると思うんですが、三方よしの事業を通してスタートアップエコシステムをつくっていきたいですし、そうした社会的意義のある事業、企業を目指して欲しいと思っています。

稲田 雅彦 プロフィール

大阪府出身。2009年東京大学大学院修了(コンピューターサイエンス)。大学院にて人工知能を研究し博報堂に入社。
さまざまな業種の新規事業開発、統合コミュニケーション戦略、クリエイティブ開発に携わる。カンヌ、アドフェスト、ロンドン広告祭、TIAAなどを受賞。
2013年に株式会社カブクを設立、2017年9月に東証一部上場大手メーカーからのM&Aにより連結子会社化を行う。エンジェル投資家としても様々なスタートアップを支援している。